小城鍋島家について

◆名称
◆由来
「西小路鍋島家」
西小路鍋島家は小城藩主の一族です。小城半2代藩主鍋島直脳の次男元敦(もとあつ)を初代とし、柳生新陰流を幕末まで伝えてきました。

幕末の小城藩着到帳では、石高300石を有し「親類」「床机替」と称されていました。江戸時代の鍋島家屋敷は現在の西小路239番地(ワタキュー敷地)にありました。明治になり、現在の208番地(江戸時代は関市之進屋敷・石高73石)に移っています。

「西小路鍋島家と柳生新陰流」
西小路鍋島家は小城藩主の一族で柳生新陰流を幕末まで伝えてきました。
柳生新陰流は、剣術の流派で戦国時代、上泉秀綱が新影流として創始し、その後柳生宗厳(むねよし)号石舟斎が、新影流に改良を加え柳生新陰流としました。宗厳の子、宗矩(むねのり)は徳川家康に仕え、秀忠、家光に新陰流を教授しました。

小城鍋島家と柳生新陰流の関わりは、初代元茂(一六〇二~一六五四)が柳生宗矩に弟子入りしていたことにはじまります。元茂は幼少の頃より江戸に出仕しており、二代将軍秀忠の子、家光(のちの三代将軍)や宗矩の長男十兵衛三厳(みつよし)とともに剣術稽古につとめていました。以後、柳生新陰流は初代藩主元茂→二代藩主直能→元敦(直能子・三代藩主元武弟)へと継承され、元敦の子孫に受け継がれていきます。

小城藩初代二代藩主を祭神とする岡山神社(小城公園内)の境内に柳生宗矩、三厳を祭る祠があることでも小城鍋島家が柳生新陰流を大切に受け継いできたことが窺い知れます。

◆所在地
〒845-0001
佐賀県小城市小城町208-2
小城鍋島家 Ten 地図
※Google mapはこちら
◆営業時間
OPEN 11:00〜18:00(4月〜9月) 11:00〜17:00(10月〜3月)
Holiday 月曜日(休日の場合は翌日)
◆電話番号
0952-72-5324
◆FAX
0952-20-3157
◆facebook
◆備考
無料駐車場有り
フリースポットWi-Fi有り